三十三番札所 (Monostorapati)
三十二番札所 (Taliandorogd)
前頁に戻る
次頁へ

Taliándörgd (タリアンドルグド)には,現在使われている三つの教会(ルター派、カルビン派と
ローマン・カトリック)と教会遺跡が存在するが、下記の古い教会二つに立ち寄る。

三十四番札所 (Szentbekkala)
南側サイドより  教会正門 

① Szent András (聖アンドラーシ)教会遺跡
 

教会の全景   北方向より 残された南側壁  内陣の支柱 

1330年頃に、Dörögd (ドルグド)家によって
初期ゴシック様式、シングル内陣で建てられたが、
オスマントルコ軍によって1548年に村と共に
破壊された。
この村落はバラトンから遠く離れた高台にあり、
教会の大きさ(残された南側壁の高さ20m)
から当時は繁栄していたおり、ハンガリー、トルコ
両軍にとっては重要な地域であったと思われる。

三十五番札所 (Mindszentkalla)

古い教会はMindszentkálla (ミンドセントカーラ)の
村外れの丘の上にあったが、1548年にトルコ軍によって
破壊され、今は石垣を残すのみで見る影もない。
(Kisfalud キシフォルドという丘)
1824年には新しい教会(ローマン・カトリック)が
クラシカル様式で建てられたことで、古い教会は見棄て
られた感がある。 

Szentbékkála (セントビィーッカラ)の村外れ、北東に位置する
Töttöskáli (トゥットゥシカーリ)という小さな村に12~13世紀に
建てられたロマネスク様式の教会遺跡である。
1531年にトルコ軍により破壊されたが、トルコ軍の撤退した後の、
再建られ1876年までは使われていたが、Szentbékkála に大きな
教会が出来た為、廃墟となった。

ここMonostorapáti (モノストラパーティ)には12世紀に建てられた
ベネディクト修道院遺跡があった筈であるが発見することが出来なかったため、
替わりに村の中心にあるベスプレムの教区教会Nepomuki Szent János
Plébániatemplom (聖ヤーノシ教会)に立ち寄ることにした。
1752年にベスプレムの司教Padánzi Biró Márton によって、この近郊で最も
大きな教会が建てられた。
バロック様式で塔の高さは40m、内陣の絵は1864年のネオ(新)バロックと新しい。

 Kisfalud方面から 新しい教会 Kali-Medenceの本場 
 教会全景 新しい内陣  ← 祭壇  祭壇壁のフレスコ画  洗礼盤  聖水容器 

最初の教会建築は1230年であった。 後に14世紀にゴシック様式で再建された。
1737年には聖母マリアを祀るために、教会のレイアウトを変更し古い祭壇は新しい内陣のサイドに
配置すると共に、塔も追加した。
祭壇の壁のフレスコ画は20世紀に再現されたが、資金不足のため未完のままで壁に点在している。 
祭壇脇に置かれたローマ時代の石製洗礼盤と聖水容器は教会遺跡から掘り出した物と云われている。

② Római katolikus Templom (ローマン・カトリック教会)